「動きたい人が動けない社会って、息苦しいから。」
「人がちゃんと入れ替わる方が、結局は給料も上がるから。」
「『人が動きやすくなる社会のため』── ええ、ついでに、私たちが人を切るときの身軽さもね。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「人が動きやすくなる社会のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
自分や友人が、転職したくても今の会社で身動きが取れない経験をしてきたから。
同じ部署に全然働かない人がいて、その分を周りでかぶる職場を経験してきたから。
動きやすい会社で働ける方が、自分のキャリアにとって得だと思うから。
人がきちんと入れ替わる組織の方が、評価されて給料も上がると思うから。
働かない人と頑張る人が、同じ給料というのは、公平じゃないと思うから。
人が自由に動ける社会の方が、健全な働き方だと思うから。
雇用を守る壁は、いま中にいる人のための壁でもある。外で立ち尽くす人からは壁しか見えない ── 低くして人が動き出せば、全体の給料も上がっていく。
雇う約束が軽くなるほど、経営は身軽に動けるようになるから。
「挑戦できる社会」「人が動きやすくなる」と言いながら ── それは、人を切るときの痛みと費用が軽くなる社会でもある。挑戦するのは働く人で、身軽になるのは切る側。
「自分の力で道を切り開く人」でありたいから。
挑戦や自己責任を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「守られなくても勝負できる自分」── 賛成と言うとき、人は意見と一緒に、その自己紹介も口にしている。
今の動かない仕組みのまま続くと、日本全体が沈んでいくのが、ばくぜんと怖いから。
自分の会社が古い慣行で動けず、いつか取り残される景色が浮かんで、怖いから。
まわりが次々と転職していくなかで、「動けない方が変だ」という感覚が、いつのまにか自分のものになっていたから。
「いつまでその会社にいるの?」と聞かれる飲み会で、守られていたい、とは言いづらい。動く人をほめる空気は、こうして一人ずつ増えていく。
身近で、会社都合の退職や突然の雇い止めの話を聞いて、こわい思いをしたから。
家族や友人が、突然仕事を失って、生活が一気に崩れたのを見てきたから。
自分が今の会社で積み上げてきた立場が、簡単に消えるのは嫌だから。
キャリアの途中で気軽に切られたら、自分の生活設計が成り立たないから。
働く人を守ることは、人を大事にする社会の最低限だと思うから。
強い立場と弱い立場のバランスを取るのが、本来のルールの役目だと思うから。
先の見える雇用があるから、人は家を買い、子どもを育て、腰を据えた仕事に打ち込める。切りやすい社会が手に入れる身軽さは、誰も根を張らなくなる身軽さでもある。
働く人をまとめる組合は、「守る」仕組みがあってこそ、まとめ役としての出番と力を保てるから。
「働く人を守れ」と言いながら ── 本当に守られているのは、いま席のある人の席。入口の外で待っている人は、その「働く人」に数えられていない。
「働く人の側に立てる人」でありたいから。
弱い立場の人を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
反対と言えば、「人を大事にする側」に並べる。緩和を口にする人へ「冷たい」のひとことで返せる強さも、そこに含まれている。
いつ自分が切られるか分からない社会は、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
家のローンや教育費がある中で、収入が突然消える景色が浮かんで、怖いから。
「クビが簡単になるらしい」の一言で職場がざわつく ── そのざわつきが、そのまま自分の意見になっていたから。
「うちの会社は大丈夫かな」と言い合う職場で、「切りやすい社会にも良い面はある」とは言いにくい。口にしない人の数だけ、空気は固まっていく。