「安い輸入品が増えると、地元の生産者が苦しくなるから。」
「いざというとき、食べ物まで海外に頼り切るのは危ないから。」
「『自給と食の安全のため』── ええ、ついでに、壁の内側にある私たちの商売もね。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「自給と食の安全のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
身近で、安い輸入品が増えるたびに、地元の生産者や商店が苦しくなるのを見てきたから。
自分の地域で、輸入品の流入で町の活気が失われた経験を、近くで見てきたから。
自分の業界が輸入品と直接競争すると、仕事や給料が抑えられるのが、率直に嫌だから。
いざというとき、食べ物や物資を海外に頼り切るのは、自分や家族にとっても危ないから。
自分の国で必要なものは、自分の国で作る土台があるべきだと思うから。
安全や品質を守るためには、海外の物にもルールが必要だと思うから。
国内で作り続ける割高さは、ふだんは無駄に見える保険の掛け金。事故が起きた日に、初めて意味が分かる。
国内の生産者にとって、制限は商売の土台そのもの。壁が一段下がるたびに、値段の踏ん張りがきかなくなるから。
「自給と食の安全のため」と言いながら、壁の内側では、外の安さは「危険」と呼ばれ、内側の高さは「安心」と呼ばれる。その呼び名を決められることが、守られる側のいちばんの強み。
「地元や国の側に立てる人」でありたいから。
地域や国の暮らしを大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「守る」と名乗ると、説明より先に信用が手に入る。誰の何を守るのかは、あとから聞かれにくい。
世界が荒れたときに、食べ物が手に入らなくなる景色が、こわいから。
自分の地元の産業が、安い輸入品に押されて消えていく未来が、不安だから。
「応援してます」と直売所で言い合う、あの心地よい輪の中に、自分もいるから。
「安いのには訳がある」と言えば、それだけで慎重な人になれる。便利な言い回しほど、空気を遠くまで運ぶから。
身近で、安い輸入品のおかげで家計がぎりぎり助かっている経験があるから。
自分や家族が、海外の品で生活の選択肢が広がった経験をしてきたから。
制限があるせいで、同じものを高く買わされるのは、率直に損だから。
輸入や流通の業界が動けば、自分の業界にも仕事と利益が回ってくると思うから。
消費者が安く買える方が、本来は得だと思うから。
制限で守ると、結局は守られた業界が努力しなくなると思うから。
温室の苗は、守られているあいだ青いままで、外の風に立つ力を少しずつ失う。壁の中の安心は、ゆっくり弱っていく安心でもある。
外から仕入れて売る商売にとって、壁の一段は仕入れ値の一段。低くなるほど、もうけの幅が広がるから。
「消費者の味方」と言いながら、安さを運ぶ商売には、運ぶたびにもうけが出る。「みんなの得」の荷台に、自分の取り分も一緒に積んでいる。
「開かれた合理的な人」でありたいから。
消費者の選択や効率を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「冷静に損得で考える人」を名乗ると、賢さが先に手に入る。壁の内側で誰が困るかは、あとから聞かれにくい。
物価がさらに上がって、自分の家計がもたない未来が、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
制限で守られた業界が、結局はやせ細っていく景色が浮かんで、不安だから。
値札の前でため息をつくたび、「高いのは壁のせい」という説明が、すっと胸に入ってくるから。
「守りすぎだから高い」と言えば、それだけで賢い人になれる。分かりやすい犯人がいると、それ以上は調べなくてすむから。