「海外の安いものが手に入って、便利になったから。」
「お互い得意なものを交換し合えば、両方が豊かに。」
「『消費者のため』── ええ、ついでに私たちの売り場も、世界中に広がるので。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「消費者のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
海外のものが安く手に入って、生活が便利になった経験があるから。
働いている会社が、海外との取引で仕事が回っているのを体感してきたから。
同じものが安く買えるなら、家計にとってありがたいから。
自分の業界が海外にも売れる方が、給料も雇用も安定すると思うから。
世界とつながっている方が、自然で前向きだと思うから。
お互いに得意なものを交換し合うほうが、両方が豊かになると思うから。
壁は、外の嵐だけでなく、外の知恵と安さも一緒に止める。閉めきった部屋の空気は、守られたまま、少しずつ古くなる。
世界に売る会社にとって、相手の国の壁が下がることは、店を一軒も建てずに売り場が増えるのと同じだから。
「消費者のため」と言いながら、その言葉を考えたのは、買う側ではなく世界で売る側。自分の商売の追い風を、「みんなの得」という言葉に翻訳している。
「世界を相手に挑む人でありたい」と思うから。
開かれた姿勢を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「開かれた側」に立つと、反対する人に「内向き」という札を貼れる。世界の話をしているようで、自分の立ち位置の話でもある。
内向きになっていくと、日本だけ取り残される将来が、こわいから。
世界の流れに乗れない国は、長く沈むという景色が浮かんで、不安だから。
「世界とつながるのが当たり前」という空気の中で育つと、疑うほうに理由が要るようになるから。
「まだそんなことを」という目がこわい ── そして自分も、どこかで同じ目を誰かに向けているから。
身近な農家や町工場が、安い輸入品に押されて廃業していくのを見てきたから。
地元の産業がなくなると、町からも人がいなくなる経験を、近くで見てきたから。
自分の業界も、競争に巻き込まれて仕事が減ったら困るから。
結局、安いものに置き換わって、自分の給料も下がっていくと思うから。
自分の国で必要なものは、できるだけ自分の国で作るのが筋だと思うから。
いざというとき食べ物や薬を海外に頼り切るのは、危ないと思うから。
効率だけで選んでいくと、国の畑は一種類の作物に近づいていく。豊作の年は最高で、病気が来た年に、全部が一度に倒れる。
外の品と直接競争する仕事にとって、壁が下がることは、隣に世界中の安売りの店が一晩で並ぶことだから。
「食料の安全のため」と言いながら、その言葉を考えたのは、食べる側ではなく守られる側。自分の商売の安全を、「国の安全」という言葉に翻訳している。
「地元や国の側に立てる人」でありたいから。
地域の暮らしや産業を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「守る側」に立つと、進めたい人に「地元を捨てる側」という札を貼れる。食の話をしているようで、自分の立ち位置の話でもある。
自分たちの暮らしが、海外の都合一つで揺れる将来が、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
世界が荒れたときに、食べ物が手に入らなくなる景色が浮かんで、不安だから。
「地元を守ろう」の輪に水を差しにくいのは、その輪の温かさの中に、自分もいるから。
「やっぱり国産が安心」と言えば、たいてい話はまるく収まる。まるく収めるために選ぶ言葉も、空気の一部だから。