「複雑な制度に振り回されてる人を、見てきたから。」
「土台が安心できれば、本当にやりたいことに挑めるから。」
「『誰もが安心』── ええ、ついでに、実現しなくても手に入る注目と票もね。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「誰もが安心」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
身近で、複雑な制度の手続きに苦しむ人を見てきて、これは違うと感じたから。
自分や家族が、制度を使うのに何度も役所に行かされる経験をしてきたから。
毎月、自分にもお金が入るなら、素直にうれしいから。
複雑な制度を整理して、その分を全員に配る方が、結局自分にもプラスになると思うから。
人として生きる土台は、誰にも保障されるべきだと思うから。
困ったときに「申請」するのではなく、最初から届く方が、人の尊厳を守ると思うから。
足元に土台があれば、人はひどい条件の仕事を断れる。断れる人が増えた社会は、働き方ごと活気づく。
毎月、全員の財布に確実にお金が入るなら、商売はお客さんの買う力を当てにできる。配るお金は、店に回ってくるお金でもあるから。
「誰もが安心」と言いながら、本当は大きな理想を掲げる側が、注目と支持を集めたい。実現すれば手柄、実現しなくても「挑んだ人」── どちらに転んでも損をしない。
「新しい仕組みに挑む人でありたい」と思うから。
制度をわかりやすくして、人を信頼する方を選ぶ仲間と、考えを合わせたいから。
「新しい仕組みが分かる自分」は、まだ来ていない未来を語るほど輝ける。答え合わせのない話は、負けにくい持ち札だから。
働き方が大きく変わる時代、いつ自分が仕事を失うか分からない不安があるから。
子どもや孫の世代が、今の制度のままでは沈んでいく景色が浮かんで、こわいから。
「海外では実験が始まっている」という話を、確かめないまま人に話してきたから。話すたび、自分の中で確かな話になっていく。
ネットでは、新しい仕組みに「いいね」を押す指は軽い。軽い指の集まりも、画面の上では大きな流れに見える。
身近で「何もしなくてもお金が入る」ことが、結果として人を弱らせる例を、見てきたから。
自分や家族が、苦労して働いて得たお金に意味があると感じてきた経験があるから。
自分や家族の税負担が、新しい仕組みでもっと重くなるのは、率直に嫌だから。
ばらまく分のお金は、結局は税金で取られていくと思うから。
働かなくてもお金が入るのは、社会のあり方として違うと思うから。
努力した人と、そうでない人を、同じに扱うのは公平ではないと思うから。
全員に配るのは、雨の日にみんなへ傘を一本ずつ配るのに似ている。屋根の下の人にも一本、ずぶ濡れの人にも同じ一本 ── いちばん濡れている人から、弱る。
制度が複雑なことが、それを案内し、審査し、手伝う仕事を生んでいる。ひとつにまとめられたら、その仕事ごと消えるから。
「働く意欲が」と言いながら ── 制度が複雑なままであること自体が、仕事と予算になっている側がいる。守りたいのは人の意欲か、自分の机か。
「地に足のついた現実を見る人」でありたいから。
努力や自立を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「夢に流されない自分」は、新しい話を疑うだけで賢く見える。試されたことのない案を退けても、間違いにはならない ── これも負けにくい持ち札。
みんなに配り始めたら、もう止まらなくなる感じが、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
働く人が減って、財源がもたなくなる未来が、不安だから。
「そんな夢みたいな話」と笑う場の空気に、合わせて笑ってきたから。笑いは、いちばん速い多数決でもある。
「財源は?」と聞けば、それ以上考えずに話を終わらせられる。終わらせる側の席に、自分も何度か座っている。