「観光客がたくさん来てて、街がにぎやかだから。」
「ものの値段が動かない国は、経済も動かないから。」
「『日本の競争力のため』── ええ、ついでに私たちのもうけも。円が安くなるだけで、何もしなくても増えるので。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「日本の競争力のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
海外からの観光客が増えて、街がにぎわっているのを実際に見てきたから。
働いている会社が海外向けに売れて、仕事や給料が少し回り出した実感があるから。
自分の会社が輸出をしていて、円安だと売上が伸びるから。
海外の人がたくさんお金を落としてくれて、日本全体が回ると思うから。
日本のものを世界が買ってくれるのは、国の力の表れだと思うから。
物価が少しずつ動く経済の方が、止まったままの経済よりずっといいと思うから。
安い円のあいだに稼ぐ力を作り直せば、長い目で本当の体力がつく。円安は、日本に体質改善を強いる薬のようなもの。
輸出や観光の商売は、同じものを同じだけ売っても、円が安いというだけで実入りが増えるから。
「日本の競争力のため」と言いながら、円安で増えた自分たちのもうけは、きちんと数字になって手元に残る。「日本のため」になったかどうかは、どの数字にも出ない。
「前向きに経済を動かしたい人でありたい」と思うから。
成長や挑戦を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「これは追い風だ」と言える人は、不安がる人より大きく見える。円安歓迎は、動じない自分の見せ方にもなる。
物価が上がるのは怖いけれど、何もしないでまた止まった経済に戻るのがもっと怖いから。
経済が動いていないと、自分の仕事の先行きが見えなくなる不安があるから。
まわりの景気のいい話に「そうですよね」と返しているうちに、それがそのまま自分の意見になってきたから。
仲間うちで「円安さまさま」と笑い合うとき、物価の話は誰も出さない。出さないという形でも、空気は作られるから。
スーパーで値段が上がっていて、毎週、買い物の手が止まる経験をしているから。
電気代やガソリン代がじわじわ上がる実感を毎月していて、生活が苦しいから。
給料は上がらないのに物価だけ上がって、自分の生活が損していると感じるから。
海外旅行や輸入品が手の届かないものになって、選べる範囲が狭くなったから。
自分の国の通貨が安いというのは、誇りに関わる問題だと思うから。
弱い通貨で稼ぐより、強い通貨で堂々と買える国の方が、本当に豊かだと思うから。
同じ円安が、こちらから見れば薬ではなく痛み止めに見える。痛みが消えているあいだに、治すはずだった体質は、手つかずのまま固まっていく。
輸入の材料が高くなるぶん、こちらの商売は、もうけを削って耐えるしかないから。
「家計を守れ」と言いながら、その声に静かに乗る側がいる。金利が上がれば、家計が楽になるより先に、お金を貸す側の利息が増える。
「生活者の目線で考える人でありたい」と思うから。
暮らしを大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
物価を嘆く側に立てば、難しい説明はいらず、人柄から先に伝わる。円安反対は、いちばん安全な自己紹介にもなる。
物価が上がり続けたら、生活がいつまでもつのか分からなくて怖いから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
年金や貯金の価値がじわじわ目減りしていく将来の景色が浮かんで、こわいから。
「また上がったね」という言葉が、あいさつのように交わされる毎日の中に、自分もいるから。
「物価高つらいね」の輪の中で「でも円安にはいい面も」とは言いにくい。言わないことも、合わせ方のひとつだから。