「深夜や雨の日にタクシーがつかまらず、困ったから。」
「使う側に選択肢が増える方が、よいから。」
「『利用者の便利のため』── ええ、ついでに、運転手を雇わずに手数料が入ってくる仕組みもね。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「利用者の便利のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
身近で、深夜や雨の日にタクシーがつかまらず、困った経験を、何度もしてきたから。
地方や郊外で、移動の足がなくて困っている人を、近くで見てきたから。
もっと安く、もっと早く移動できる方が、率直に便利だから。
自分や家族の移動が楽になれば、生活の選択肢が広がるから。
使う側に選択肢が増えるのは、よいことだと思うから。
働く人にも、自由に時間を選んで稼げる道があった方がいいと思うから。
迎えが来ない夜の待ちぼうけは、いまの仕組みでは誰の損にもならない。競争が入って初めて、客を待たせることが損になる ── だから入れたい。
客と運転手を引き合わせる仕組みを持つ会社には、解禁がそのまま新しい商売の場になるから。
「利用者の便利」「地方の足」と言いながら ── 入ってきたいのは、運転手を雇わず、車も持たず、間に立って手数料だけを取る商売。運ぶ責任だけは、間に立つ会社の外に置かれる。
「新しい挑戦を歓迎する人」でありたいから。
便利さや選択肢を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
賛成は、「時代に乗り遅れていない自分」の証明にもなる。反対する人を「古い」と呼べる立ち位置が、一緒についてくる。
移動の足がなくなって、自分や家族が暮らせなくなる地域の景色が、こわいから。
日本だけ新しい仕組みに乗り遅れる未来が、不安だから。
旅行先で使った友だちの「便利だったよ」に、うなずいてきた自分がいるから。
タクシーが来なかった話で盛り上がる席で、「でも規制には意味がある」とは返さない。気づけば自分も、解禁の空気の一部。
身近に、知らない人の車に乗せることへの不安を持つ家族や友人がいるから。
自分の地域で、タクシー運転手の仕事に支えられている人を、近くで見てきたから。
自分や家族が安全に移動できる方が、率直に大事だから。
短期の便利さで、結局は事故やトラブルが増えて、自分にもしわ寄せが来ると思うから。
人の命を運ぶ仕事には、ルールと責任が必要だと思うから。
素人に任せて、安全や責任の所在があいまいになるのは、おかしいと思うから。
安全の決まりは、何も起きていない日には、ただの面倒な手間に見える。外してよかったかどうかは、外したあとにしか分からない。
参入の壁があるおかげで、いまの仕事と運賃が成り立っている側だから。
「安全のため」と言いながら ── 「客を取られたくない」では通らない話も、「危ない」と言えば通る。安全は、競争を断るときの、一番強くて一番きれいな盾になる。
「安全を大事にする人」でありたいから。
ルールや責任を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
反対と言えば、「命を軽く見ない側」に立てる。「便利のためなら危なくてもいいの?」は、まず負けない問いでもある。
素人の運転で、自分や家族が事故に巻き込まれる将来が、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
タクシー運転手の仕事が消えて、地域の足そのものが崩れていく未来が、不安だから。
「知らない人の車に乗れる?」という家族の一言に、うなずいてきた自分がいるから。
事故のニュースに「ほら、やっぱり」と言い合う輪では、「でも便利かも」が言いにくい。その輪の空気は、自分の相づちでもできている。