「安い時給で働く人の苦しさを、知っているから。」
「賃上げで使えるお金が増えて、景気が回ると思うから。」
「『働く人のため』── ええ、ついでに、上がっても上がらなくても増える、私たちの出番もね。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「働く人のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
自分や家族が安い時給で働いていて、生活の苦しさを知っているから。
身近で、最低賃金ぎりぎりで働く人の暮らしの厳しさを、近くで見てきたから。
自分の時給が上がれば、素直にうれしいから。
賃上げで使えるお金が増えて、景気が回ると思うから。
働いた人が、最低限の暮らしができる賃金をもらえるのは、当たり前のことだと思うから。
賃金が低すぎると、まじめに働く人ほど報われない仕組みになると思うから。
安すぎる時給は、働く人から、もうからない商売への仕送りになっている。それを断てば痛みは出るが、働き方ごと入れ替わる ── そこまで見て賛成。
賃上げを求める組合や団体は、引き上げが決まるたびに、組織の力を示せるから。
「働く人のため」と言いながら ── 上がれば自分たちの手柄、上がらなくても「まだ闘える」。どちらに転んでも、影響力と票が増える側が、この看板を持っている。
「働く人の側に立てる人」でありたいから。
働く人の暮らしを大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
賛成と言うだけで、「働く人を見捨てない側」に立てる。自分の時給が一円も変わらなくても、その居場所は手に入る。
物価が上がっていくなか、自分や家族の暮らしが沈んでいくのが、こわいから。
働いても生活が苦しいままの未来が、不安だから。
バイト先でもネットでも「時給安すぎ」の声ばかり見るうちに、それがそのまま自分の意見になっていたから。
「この時給じゃ生活できないよね」の輪のなかで、「でも上げたら店がつぶれるかも」とは言いにくい。飲み込んだ一言の分だけ、輪の声はそろっていく。
身近に小さな会社をやっている人がいて、これ以上の賃上げは難しいと聞いてきたから。
自分の地域で、最低賃金の引き上げで、お店や中小企業が消えていく経験を、近くで見てきたから。
自分の業界の人件費が増えると、結局は値上げで自分の家計に返ってくるから。
中小企業の経営が苦しくなると、自分の取引や仕事にも影響が出ると思うから。
賃金は、会社が払える範囲で決まるべきだと思うから。
無理な引き上げは、結局は雇用そのものを減らすことになると思うから。
時給の数字は法律で上げられても、その値段で雇い続けるかどうかまでは、法律では決められない。真っ先に消えるのは、いちばん守りたかったはずの人の仕事。
人件費の割合が大きい商売ほど、引き上げの分は、そのまま利益から削られるから。
「雇用を守る」と言いながら ── 守れたかどうかは、あとから誰も数えに来ない。抑えた人件費だけが、確実に手元に残る。
「現実を見て判断できる人」でありたいから。
中小企業や地域の経済を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「経営の現実を知る自分」を名乗れば、賛成の人に「数字が見えていない」という札を貼れる。立場が、そのまま議論の武器になる。
賃上げで自分の仕事や取引が消える将来が、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
地域の小さな会社が次々に消えていく景色が、不安だから。
付き合いのある社長たちの「もう限界」というため息を聞くうちに、それが自分の実感になっていたから。
「上げろと言うのは簡単だよね」とうなずき合う集まりで、自分だけ首を横に振るのは難しい。うなずきの数も、空気の材料。