「情報の盗難や工作のニュースで、こわいから。」
「自分の国の安全を守るために、明確なルールが必要だから。」
「『国を守るため』── ええ、ついでに私たちの調べる権限もね。一度もらえば、返す日は来ないので。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「国を守るため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
ニュースで他国による情報の盗難や工作の話を聞いて、こわいと感じてきたから。
自分の業界でも、技術や情報が外に流れた事例を、身近に聞いてきたから。
自分の会社の技術が、知らないうちに海外に流れていくのは、率直に嫌だから。
情報を守るルールがあれば、自分の業界の取引や仕事が安心になるから。
国の大事な情報を守るルールが、他の先進国にあるのに、日本にだけないのはおかしいと思うから。
自分の国の安全を守るためには、明確なルールが必要だと思うから。
鍵のない家は「入っていい」とは言っていない。ただ、入っても失うものがない──決まりの穴は、それだけで招待状のように働く。
秘密を守る決まりが増えるほど、守る仕事も調べる仕事も増える──警備や関連の業界には、それ自体が追い風だから。
「国を守る」と言いながら、本当は調べる側が自分の権限と組織を広げたい──権限は一度持てば手放されず、対象があとから広がっても、法律の名前は変わらない。
「自分の国の側に立てる人」でありたいから。
主権や安全を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「国を思う自分」の側に立てば、ためらう人に「何か困ることでも?」という目を向けられる。立場そのものが、相手を黙らせる道具になる。
ルールがないあいだに、大事な情報が抜かれていく景色が、こわいから。
国の安全が、いつ崩されるか分からない未来が、不安だから。
「他の国にはどこにでもあるのに」と聞くたび、ない方がおかしい気がしてきて、その感覚に乗っているから。
情報が抜かれたニュースが続いたあとは、「仕方ないよね」が職場の相づちになる。重ねるうちに、相づちが自分の意見の置き場になっていく。
身近で、ルールが広く使われて市民や記者が萎縮した話を、過去の例で読んできたから。
自分の業界でも、ルールがあいまいだと現場が動きにくくなる経験をしてきたから。
自分の発信や情報を、当局がいつでも調べられるのは、率直に嫌だから。
ルールがあいまいだと、自分や知人が知らないうちに対象にされるおそれがあると思うから。
言論や情報の自由は、社会の土台だと思うから。
権力が広く使えるルールは、いったん作ると本来の目的を超えて広がりやすいと思うから。
線がぼやけているほど、人は線のずっと手前で立ち止まる。消された言葉より、最初から書かれなかった言葉の方が多くなり──そちらは数えることもできない。
報道や出版の仕事は、「どこまで調べていいか」の線が商売道具そのもの──線が動けば、仕事の範囲ごと狭まるから。
「言論の自由」と言いながら、本当は自分たちの取材と活動の縄張りを守りたい──「自由」はみんなの言葉だが、その言葉で守られる領分には持ち主がいる。
「自由を大事にする人」でありたいから。
言論や人権を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「自由の側に立つ自分」でいれば、賛成する人に「権力を疑わなくていいの?」という目を向けられる。立場そのものが、こちらを疑いの外に置く道具になる。
権限がだんだん広がっていって、社会が息苦しくなる将来が、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
自分や家族が、知らないうちに調べられている未来が、不安だから。
自分のいる場所では「監視はこわいよね」が当たり前の相づちで、自分もその輪のなかで話しているから。
心配する声の輪のなかで「でも今は守りが緩すぎるのでは」とは言い出しにくい。だまっているぶん、輪の声はいっそうそろって聞こえる。