「人手が足りないんだから、受け入れるしかないでしょ。」
「人口が減るなかで、国を閉ざすのは現実的じゃないから。」
「『いろいろな人と生きる社会のため』── ええ、ついでに、給料を上げずにすむ人手もね。」── そこまで計算してる
同じ「賛成」でも、見ている世界はこんなに違う。
そして「いろいろな人と生きる社会のため」という言葉は、たいていいちばん深く読む人が考えて、いちばん何も知らない人に向けて作られている。
身近で外国の人の同僚や近所付き合いがあって、思っていたよりずっと普通だ、と感じてきたから。
自分の業界で人が足りなくて、外国の人に支えられている現場を、間近で見てきたから。
人手不足が解消されれば、サービスや物の値段が落ち着いて、自分にも回ってくるから。
自分の会社の事業が、外国の人の働き手で初めて回っている部分があるから。
生まれた場所で人の価値を決めるのは違うと思うから。
人口が減っていく中で、国を閉ざすのは現実的ではないと思うから。
「変わらない日本」を保つために、いちばん必要なのは新しく来る人かもしれない ── 閉じて守るより、混ざって続く方が国は強くなる。
介護・建設・農業・外食・観光など、人手の足りない業界は、受け入れが広がれば、給料を上げて人を集める苦労をしなくてすむから。
「いろいろな人と生きる社会」「人手不足の解消」と言いながら、本当は「安く雇いたい」を上品に言い換えている経営の側がいる。「人が足りない」とは言っても、「今の給料では人が来ない」とは言わない。
「開かれた人でありたい」と思うから。
多様な人と関わることを大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「開かれた人」という見られ方は、実際に隣で働いたり暮らしたりしなくても手に入る ── 遠くからの賛成は、いちばん身軽な親切でもある。
このまま人口が減っていくと、自分の街が消えていく景色が、こわいから。
人手がいない国で、自分の老後を支えてくれる人がいなくなる未来が、不安だから。
店でも職場でも外国の人が働くのが当たり前の景色になって、まわりと同じく「もう一緒にやってるしね」と話してきたから。
「人手不足だから仕方ないよね」の輪のなかで、「ちょっと不安もある」とは言い出しにくい。あいづちも、空気の材料になる。
身近で、文化や習慣のちがいで戸惑った経験があるから。
自分の地域で、急に人が増えて、暮らしのルールが揺れた経験を、近くで見てきたから。
自分や家族の仕事が、外から来た人と競合して、給料が抑えられるのは率直に嫌だから。
住宅やサービスが取り合いになって、自分の暮らしのコストが上がると思うから。
自分たちの国の文化やルールは、まず大事にされるべきだと思うから。
受け入れには、社会の準備とルールがちゃんと整ってからの方がいいと思うから。
受け入れがうまくいかないとき、苦しむのは決めた人ではなく、同じ町で暮らす人と来た人の両方 ── 「広げる前に備えを」は、冷たさではなく順番の話。
仕事や住まいの競争を心配する声が広がるほど、「守ります」と応える側は、その心配の分だけ支持を集められるから。
「治安」「文化を守る」と言いながら、本当は警戒の空気を票に変えたい政治の側がいる。治安が本当にどうなったかは、あとから誰も確かめない ── 不安をすくい上げた票だけが、確実に手に入る。
「地に足のついた現実を見る人」でありたいから。
自分の国や地元を大事にする仲間と、考えを合わせたいから。
「現実を見る人」という見られ方も、現場を知らないままで手に入る ── 警戒を語る声は、いっしょに働く人の声より、いつも少しだけ大きい。
自分たちの暮らしの感じが、知らないうちに変わっていくのが、こわいから。※「不安だから動きたい」という感情のかたちは、賛成側とまったく同じ。向きが違うだけ。
地域の暮らしの約束ごとが、共有しにくくなる未来が、不安だから。
近所や職場の雑談で「最近増えたよね」という言い方が当たり前になっていて、自分も同じ調子で話してきたから。
「不安だよね」でまとまった輪のなかで、「うちの職場の外国の人は頼りになるよ」とは言い出しにくい。だまって合わせた分だけ、空気は重くなる。